若干時を巻き戻しセビーリャでは二ヶ所で激烈な一騎打ちが繰り広げられていた。

「おら!おらおらおらおらおらぁ!」

「おおおおおおお!!」

双方共突風いや、暴風と呼んで差し支えない速度と衝撃を伴って拳と槍を突き合わせ続けるセタンタと『風師』。

「どりゃあ!」

「はあああああ!!」

それには及ばないがやはり何百、何千と拳に脚、二槍を持って一進一退の攻防を続けているディルムッドと『炎師』。

この一角においては完全に拮抗していたがその他のポイントでは完全に『六王権』が優勢となっていたが人類側も健闘を見せていた。

ディルムッド、セタンタ、イスカンダルが抜けても、支援にはメディアが未だ健在、前線にはバゼット、そして宗一郎がいる。

彼らの手で戦線は相当に維持されている。

無論それだけではなく、セビーリャ防衛部隊も獅子奮迅の奮闘を見せ、確実に死者を葬り去っていく。

だが、随所では押されていてももともとの数の桁が違う。

一時期劣勢となったものの、すぐさま数に物を言わせて前線を押しに押していく。

さすがにメディアでも戦場全体をカバーする事は不可能である。

自然に戦線は後退しそれとは逆にセタンタ・『風師』、ディルムッド・『炎師』は前進を続けいつの間にか双方共に孤立した状態で一騎討ちを繰り広げる形となっていた。

六十一『一騎討ち』

何度目かの槍と拳の乱打と同時に セタンタ、『風師』は同時に後退し距離を取る。

二人共軽く肩で息をし、身体全体に軽い切り傷が見受けられる。

槍と拳の突き合いを万など軽く超える数行ってきたのだ、当然疲労も感じるだろうし、完全に避け損ね、相手の攻撃を掠めもする。

むしろその程度しか被害を受けなかった事こそ驚きと言うのもだろう。

「やっぱいいねえ喧嘩は」

「全く最高だぜ、ぎりぎりの戦闘は」

しかし、二人共笑みを絶やす事は無い。

むしろ開始前よりも生き生きとしたように構え直し、再び激しい攻防を繰り広げる。

一方、ディルムッドと『炎師』も何度目かの激突の後、距離を置いて呼吸を整えていた。

こちらの状態も似たり寄ったり、ディルムッドは鎧の至る所が焦げ、酷い所では焼け落ち、その下の素肌は切り傷でなく火傷を負い、『炎師』は炎の鎧で見えないが全身にディルムッドの槍を受けて切り傷を負っている。

しかし、傷による出血も炎で蒸発して凝固した為、ほとんど影響は無い。

そして・・・その表情にお互い笑み等一つもない。

だが、それが当然であり、心底から愉しんでいる向こうの方がむしろ異常なのだ。

「さすがは英霊、『ジン』の力を借り受けてようやく互角か、あいつの様に自由自在に幻獣王の力を操れぬ自分が嘆かわしい」

「何を言う、これだけの力を誇りながら謙遜を、おまけに・・・」

そう言って自分の槍を見る。

『破魔の赤薔薇(ゲイ・ジャルグ)』は問題無いが『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』はその刃は黒く汚れ、刃先に至っては存在していない。

鋭い刃で断ち切られたのではない刃先は溶かされていた、『炎師』の身を守る炎の鎧によって。

「宝具すら溶かす炎・・・やはりただの炎ではなかったと言う事か」

「この炎は『ジン』の身体から発せられたもの。その一部を俺は鎧と言う形にして呼び出した・・・もの!!」

そういうや一呼吸で間合いをつめディルムッドに右の拳を振るう。

同時に右腕の炎が爆発的に膨張、岩の塊のような大きさの拳となって迫る。

だが、大きさは論外なものになったが速度はさほど脅威と言うわけでもない。

ディルムッドの速度があれば余裕でかわせられる。

だが、かわした瞬間、膨張した拳が爆ぜ、そこから炎の玉が・・・いや、炎が枝のように四方八方に伸びていた。

「ぐぅ!!」

どうにか距離を取ったが、掠めたのかディルムッドの左脇腹が鎧は焼け落ち、重度の火傷を負っていた。

「これもかわしたか・・・しかし避けても平気なのか?人間共は」

「何・・・?」

意味深な発言に訝しがるがそれも後方から響く悲鳴で察した。

「まさか・・・貴様・・・」

「あの程度の距離なら距離等無いに等しいからな・・・」

そう答えになっていない答えを呟き、今度は左脚での蹴りを見舞う。

脚部分の炎がやはり膨れ上がり丸太ほどの太さになって。

咄嗟によけようとしたが再び先程のような事が起こることは容易に想像できる。

である以上ディルムッドに避ける事は出来なかった。

それならばと槍から剣に持ち変える。

そして、己の宝具の中でも最強のそれの力を真名と共に解き放つ。

「大なる激情(モラルタ)!!」

炎の蹴りと『大なる激情(モラルタ)』が激突し、しばし拮抗する。

だが、その均衡も程なく崩れ去る。

炎の装甲を切り裂いて『大なる激情(モラルタ)』の一撃が『炎師』の脚を斬り裂く。

装甲との拮抗で相当威力を相殺されたのか、本来の威力なら容易く脚を両断できるはずが骨を半分までしか斬ることが出来なかった。

だが、それでも重傷である事に間違いはなく、激痛に表情を歪め距離を取りつつ斬り裂かれた脚を押さえ蹲る。

だが、それも暫くするとしっかりと立ち上がる。

「・・・ぅぅ・・・あの馬鹿と同じ事をやるものじゃない。お陰でこのざまだ。やはり俺は俺らしく潰しに掛かるとしようか」

そう言うや『炎師』の鎧に変化が起こる。

紅蓮の色の炎が徐々に蒼く色を変え最終的には鬼火のような蒼に変貌を遂げた。

それに比例して異変は周囲にも起こった。

まずは温度、彼らから相当に離れたセビーリャ防衛部隊ですらその暑苦しさに瞬く間に汗を噴き出す。

「あ、暑い・・・」

やがて一人の兵士が暑さに耐えかね水筒を取り出し水を飲もうとするが、短い悲鳴を上げて放り出す。

ステンレス製の水筒の表面は焼けるように熱せられていた。

中の水など熱湯になっているだろう。

距離が離れていてもこの状態だ、至近でのディルムッドは咄嗟に自身の身体を魔術で防御したから助かったが運悪く近くにいた死者や防衛部隊の兵士はあっという間に灰と化した。

「おいおい、なんだこのクソ暑さは」

その暑さは当然セタンタと『風師』にも届き、セタンタもルーン魔術で防衛に入る。

最も完全に断熱するには程遠いが。

「おーおー、ラルフの奴本気で殲滅戦に出てきたな」

そんな灼熱の中一人涼しい顔をしているのは『風師』のみ。

「殲滅戦だと?」

「ああ、今のあいつは小規模な太陽だ。それも自由に動くな。そんな奴がセビーリャに接近したらどうなる?」

どうなるもこうなるも無い。防衛部隊は壊滅しセビーリャは焦土と化す。

「ディルムッド!!奴を意地でも進ませるな!俺も加勢に」

「まだ俺との喧嘩が途中だろうが!!相手してくれなきゃ困るだろうが!!」

ディルムッドに気を取られていたセタンタの背中目掛けて飛び蹴りを食らわせる『風師』。

それを間一髪で回避したセタンタは改めて槍を構え直す。

「ちぃ、うざってぇ」

「おいおい、さっきまでの楽しそうな面何処に行ったんだよ?もっと愉しもうぜ喧嘩をよぉ!」

「しゃあねえな・・・そんなに愉しみたけりゃ・・・愉しませてやるよ!」

相も変わらず心底から喧嘩を楽しむ『風師』とむき出しの殺気を表に出し、怒りの表情も露わなセタンタは改めて壮絶な勢いで戦闘を再開した。

しかし、この異常な暑さと向こうの状況が気になり戦いに集中出来ない。

そこを巧みに『風師』がつく。

「がっ!」

僅かな動きの遅れから回避が送れ『風師』の一撃が胸元をかすめ、同時に皮鎧と皮膚を切り裂き、鮮血が舞い散る。

「ちっ、俺とした事が油断してたか」

「さてね。だけどよこのままだとあんたマジで死ぬぜ」

「けっ人の心配している暇はねえってか・・・上等だ。だったら手前さっさとやって向こうに行かせて貰うぜ」

「そうこなくちゃ。所詮俺もあんたもいや、全ての生はひと時の夢幻みてえなもん。だったら心行くまで愉しむのが得って事さ」

「とことん気が合いそうだな手前とは、敵味方に割れてるのが残念だぜ」

「俺の同感。ま、俺もあんたも譲れねえもんがある、だから敵味方に割れた。それだけさ」

「それもそうだな・・・んじゃ改めて行くぜ!!」









一方、セタンタに言われるまでも無くディルムッドも『炎師』をセビーリャに近寄らせる事に危機感を覚えていた。

何の防御の術を持たぬ者がどうなるかその実例を目の当たりにしたのだ。

とは言え彼の宝具の内、『破魔の赤薔薇(ゲイ・ジャルグ)』と『小なる激情(ベガルタ)』はまだ大丈夫だが、『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』は刃先を溶かされ槍本来の用途である突きの威力はほとんど失われ、先程『炎師』の脚を斬り裂いた『大なる激情(モラルタ)』はと言えばあの高熱で刃の部分が溶け、本来の切れ味を失ってしまった。

真名を解放すれば刃の切れ味など問題ではないが、あの炎の鎧で威力をほとんど殺された事を考えると『炎師』を倒すのと『大なる激情(モラルタ)』が折られるのとでは後者の方が先になる可能性が極めて高い。

ならば今のディルムッドに取れる戦法は『破魔の赤薔薇(ゲイ・ジャルグ)』で鎧の遮断し、その時に生じた空間目掛けて『小なる激情(ベガルタ)』を高速で叩き込むしかない。

そう判断するや遮断しても尚焼かれるような暑さに耐えつつ『炎師』に目掛けて突っ込む。

「この状態の俺に突っ込む等あの馬鹿以外いなかったんだが・・・まあいい灰になりたいのだったらその望みかなえてやる!!」

そういうやディルムッドの顔面目掛けて拳を突き込もうとしたがそれをぎりぎりで回避、ディルムッドは『炎師』の懐に飛び込んだ。

「!!」

その勢いのまま『破魔に赤薔薇(ゲイ・ジャルグ)』を『炎師』の心臓部分目掛けて突き込む。

それを間一髪で柄を掴み防ぐが刃先は炎の鎧に接触した事で炎の鎧を形成していた魔力は遮断、鎧は剥がされ心臓部分が剥き出しとなる。

「これでどうだ!『小なる激情(ベガルタ)』!」

鎧がはがれたと見るやディルムッド自身最速の勢いで隠し持っていた『小なる激情(ベガルタ)』の真名を発動、そのまま『炎師』の心臓を切り裂かんと振り下ろす。

だが、それを『炎師』は躊躇いを何も見せず、空いている片方の手で『小なる激情(ベガルタ)』を掴み取った。

「なっ!」

刃、それも真名を発動させた宝具を鎧で覆われているとはいえ素手で掴み取った事に一瞬呆然となる。

現に『小なる激情(ベガルタ)』の刃先からは『炎師』の肉を斬り裂いた感覚がはっきりと伝わってくるのだから。

しかし、その呆然の間に『炎師』は斬り裂かれた事も諸共せず更に強く『小なる激情(ベガルタ)』を握り締める。

それと同時に『炎師』の腕部分の炎が一団と燃え上がる。

それに比例するように『炎師』の『小なる激情(ベガルタ)』を握る力も強まり、『小なる激情(ベガルタ)』から何かが軋み出す嫌な音が聞こえる。

まさかと思った時には既に遅く、『小なる激情(ベガルタ)』の刃は粉々に砕け散った。

そのまま今度は『破魔の赤薔薇(ゲイ・ジャルグ)』握りつぶそうと力を込めるが、咄嗟にディルムッドが『炎師』の側頭部目掛けて蹴りを放つ。

突然の奇襲に怯み『破魔の赤薔薇(ゲイ・ジャルグ)』を握る握力が緩み、その隙に離脱して距離を取るがその代償は小さいものではなかった。

「うううう・・・」

その場で蹲るディルムッドの脛からは煙が立ちこめそこは真っ黒に焼け焦げていた、鎧はもちろん、皮膚も、いや下手をしたら骨まで届く深さまで。

魔術で防御して尚且つ接触はほんの僅かな時間にも拘らずこれほどのダメージ、何の防御もしていなければ触れる前にディルムッドの脚は灰となっていただろう。

「さすがは英霊、『ジン』の力借り受けなければ俺が死んでいたな」

誇るでも嘲るでもなく淡々と呟きゆっくりと近寄る。

恐怖を煽る為ではない、先程ディルムッドに斬られた脚のダメージが予想外に大きく走る事ができないからだ。

「だが、お前もその脚では満足に動く事も出来ないだろう」

『炎師』の言うようにディルムッドのそれは『炎師』よりも酷い。

歩く事もままならない状況だ。

「これで終わりだ。嬲り殺しはしない。一思いに勝負をつける。あるべき場所に還るがいい」

そう言い無慈悲に、躊躇せず『炎師』はディルムッド目掛けて再び炎を膨張させた拳を叩き付けた。

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